香花園パーキングについて

香花園パーキングの歴史
「香花園」と書いて、「コウカエン」と読みます。
香花園は、明治時代から祖父が営んでおりました盆栽店の屋号です。
因みに、祖父は明治15年生まれ、日露戦争に従軍しております。
激戦を生き残り、人生観がすっかり変わった祖父は茶の湯や風流にのめり込み、趣味が高じて盆栽屋となったようです。
盆栽や庭を作ったり、盆栽、盆栽鉢、中国からの輸入品なども取り扱っていたようです。
天皇陛下の行幸をはじめ、貴顕紳士が参集される式典、県や市、教育機関の諸行事において、盆栽の提供や床飾りの御用も務めておりました。
戦前のパリの万国博覧会には盆栽を出展しております。時は流れ、戦後の昭和30年代になると、高度成長の中でモータリゼーションが全国に波及していた昭和38年、父が盆栽業の副業として敷地の一部で稲益香花園有料駐車場を開業しました。当時、本格的駐車場(鉄骨スレート葺き)として市内では2番目のものでした。
昭和40年代になると銀行、信託銀行、証券会社、ビール各社、近隣事業所などと契約し、昭和42年からは一般駐車貸しを始めています。この頃から本業と副業が逆転しました。
昭和45年ごろですが、久留米市駐車場組合が発足し、父が初代組合長に就任しました。
西鉄久留米駅周辺の発展に併せ駐車場の拡大を行い、昭和63年に(有)香花園パーキングに法人化し、翌年にかけて敷地のすべてを鉄骨2階建て(110台収容)自走式駐車場にしました。
平成以降、日本経済は凋落の一途を辿り、土地神話が崩壊し、地価の下落と超低金利によって、その副産物であるコインパークが駐車場の主流を占めるようになりました。
来年、創業50年を迎える香花園パーキングは、久留米市における駐車場のパイオニアとして、「よりよい駐車環境」のためにセキュリテイーやリスクマネジメントのサービスを充実し、住みよい都市空間の一翼を担っております。
香花園パーキングは久留米市における駐車場のパイオニアとして、創業50年を迎えました。
香花園パーキングの経営理念
1)ご利用されるお客様、ご契約頂いているお客様に「安全と安心」をご提供できる最高のサービスの追求
2)普遍的サービスと時代の変化に対応したサービスの追求

トップへ戻る